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見回りの当番でもないってのに、夜中に不審なお出掛けをした親分を怪しんで、日頃の怖がりも何のその、連れも誘わずの単身、怪しい素行の親分を尾行したウソップだったのだけれども。
「よくやったな、ルフィにウソップ。」
梅干し弾を喰らって伸びたその男は、噂になってた賽銭泥棒だったらしく。その身にも、ただならぬ重さの財布を抱えていたし、宿へと残していた持ち物の中には、小銭の詰まった袋が幾つも幾つもあったそうだ。当初は旅の途中の商売人、両替商をやっているなどと、いい加減なことを並べていたが、今時の両替商が為替じゃあなくの現金をああまで持ち歩くものか、それに、札差しや両替商などには免許がいる。何ならそれを見せてもらおうかと問い詰めると、参りましたと観念した次第。何でも諸国を回っての悪行三昧、あちこちの寺や神社を片っ端から荒らしており、しかも和尚や宮司に見つかると、居直っての脅したり暴れたりで、怪我人まで出していたそうで。
「でもそれって、相手が年寄りとか気弱そうな相手だったらの話なんでしょう?」
「ああ。逆に、修行を一杯積んでそうな、
いかにもガタイのいい和尚さんのいる寺とかは、前以て避けてたらしい。」
それってサイテーと、大きに眉をしかめたナミだったが、お手柄には違いないということで。
「じゃあ、ご褒美に今日のお昼は奢ってあげるわ。」
ちょっとは遠慮しろと言ったって止まんないんだろうけど、と。そっちへも半分呆れつつ、既に丼ものを二桁平らげている親分の食べっぷりへと苦笑をし、それでもいつものお盆でのお仕置きは無しで、別のお客の注文取りへと向かってしまう女将さん。
「時々優しいナミさんたら、超ステキだvv」
こちらさんも相変わらず、ややこしい褒めようをした板前のサンジが、やはり厨房へと引っ込みかけたが、
「あ、そうそうウソップ。」
こいこいと手招きし、間近になったところでと、暖簾の陰にて ぐわしとその首、腕で難なくホールドし、
「…で? 夜更けの境内なんかへ、親分は一体何をしに行ったんだ?」
「あ"。やっぱ気づいてた?」
言うから話してくださいと、必死で頼んで解放されて。親分には内緒だぞとこっちからも念押ししたウソップが言うことにゃあ、
「親分は賽銭泥棒じゃあなくてだな。」
「判っとるわ。」
「でもでも、賽銭泥棒ってのの存在に慌てたのは事実だったらしくてさ。」
ウソップがそうじゃあないのかと推察したそのまま、ルフィが見回りの最中などに時々引っ張り出しちゃあ眺めていた図面は、シモツキ神社の見取り図だったらしく。どの辺りに人が多く集まるものか、どの時間帯ならどこが過ごしやすい場所かなどなど、彼なりの観察で気づいたことをば記載しており。
『まあその何だ。人の気配が少なくなる間合いってのを、だな。』
何とか割り出そうとしていたらしいところまでは。賽銭泥棒なんてな罰当たりな真似、もしやして企んじゃあいないかと怪しんだ、ウソップの見立てにも重々沿うよな、行為・事柄だったのだけれども。
「親分はあくまでも、
本堂や賽銭箱じゃあなく、社務所前の広場の人出を調べててさ。」
「……ほほお。」
たったのそれだけで“成程成程”とピンと来るところは、サンジもウソップとご同輩。そういやあの梅は、誰かさんと誰かさんが出会いの伝言板にしてはなかったか。だってのに、
「そっか。梅の祭りが始まっちゃあ、ただ名物の梅だってだけ見に来る客以外にもたんと人が集まるから。」
「ああ。そんな中で、枝にこよりを結ぶなんてな目立つ真似は、いくらあの親分だってちょっとな。」
既にいろいろと筒抜けになってるらしい、親分と例のお坊様との逢瀬の合図。シモツキ神社の枝垂れ梅の枝へ赤いこよりを巻くというのが、衆目の集まる中じゃあなかなか出来ないものだから。
「そこまで訊いた訳じゃあないが、
十手をしまったその折に、懐ろから赤いこよりが出て来ちゃあな。」
「………成程。」
相も変わらず可愛い親分だねぇと呆れつつ、でもでもそのお陰でまたまたお手柄、悪い輩を踏ん縛れたのだ。運がいいとしたらば、これはもはや生まれかねぇと。何とも言えぬ苦笑をしつつ、
「サンジ、お代わりっ。」
「へいへい。牛鍋丼でいいか?」
「おうっ!」
天真爛漫、美味しいものを腹一杯食べられる至福に、桜よりも一足早い満開になっている、そりゃあ他愛ないお人の笑顔へと、こっちもほこほこと幸せな想いを分けてもらっての笑みが絶えない。ああ春も間近いねと、更なる苦笑をし合ったサンジとウソップだったりしたそうな。
おまけ 
えんらくいつ来んの? 此処のここをザッとしても知らんか
「何だ? そりゃ。」
「おお。俺は落ち着きのない馬鹿だから、なかなか学問とか身につかねくてよ。
そしたらじっちゃんが、何か一つでいいから、左右の目ぇを持ってろって。」
座右の銘だ。ああそれそれ。
「小難しい凝ったもんじゃなくっていい、ことわざみたいな一言とかを、
おまじないやお念佛みたいなもんとして覚えとけって。
何かあったときに気持ちを落ち着けるとか、そういうことへも使えるからって。」
そいで、例えばって教えてくれたのがあったんだけどと。それでと口にした一言だったらしくって。砂糖醤油で甘辛に焼いてから、タマネギ足して割りしたで柔らかく煮て、玉子でとじた豪勢さ。そんな丼持って来つつ、
「こんな突拍子もない時に思い出すようじゃ、日頃は忘れてるって証拠じゃねぇか。」
サンジがそんな言いようをした。独々逸にもありますものね、思い出すよじゃ想いが足らぬって。
「で? さっきのがそれだってのか?」
「おお。えんらくいつ来んの? 此処のここをザッとしても知らんか。」
繰り返されても…何のことだか、判る者は居合わせず。
「………何だそりゃ。」
「えんらくってのは落語家か?」
「しゃあ(さあ)。」
美味しい丼で頬を真ん丸に膨らませつつ、判んねぇと小首を傾げるルフィ親分であり。口にした当のご本人がこれじゃあねぇ。(笑) そこへとお茶を淹れ直した湯飲みを運んで来つつ、口を挟んだナミが続けたのが、
「それって、もしかせずとも、
“燕雀 安いづくんぞ 鴻鵠こうこくの志を知らんや”
じゃあないの?」
おおお、確かそんなだったぞ。
確かって…。
そんな覚え方をしているようじゃあ、忘れ去りもするわよ。
まあ親分の場合は、当てはまらないというか、逆の立場にあるっていうか。
逆?
大物には小物の持つ日々の懸念なんてものが理解出来ないと言いますか。
「???」
ま、まあ、そういうややこしいことはともかくも。春はすぐそこ、皆が桜へと関心が移るのも間近いぞ? そしたら、お坊様とも も少し気楽に逢えるようになるから、もちょっと待っててね?
〜どさくさ・どっとはらい〜 09.03.13.〜03.18.
*微妙に長くなるんじゃないかと思ってたネタだったので、
書き始めるのになかなか間がかかっての、
続きもこんな遅くなっちゃってすいませんです。
しかも、結局 ゾロは出て来てないし……。
しっかりしろ、お坊様。(こらこら)


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